経済史A(フェリス女学院大学基礎教養科目、2004年度、9月集中)
シラバス
 
 この講義の目標は、過去を読み解くための手引きを与えることにある。これは経済史Bにも共通する目標である。「過去を読み解く」というのはどういうことか、またそれはなぜ大切なのかは、講義の初回に、また講義全体を通じて触れる。
 過去を(それゆえに現在を)読み解く一般的で万能の手引きがあるわけではないから、「いま」との近さから、過去をいくつかに区切ってみるのが得策である。われわれの生きる「いま」は近現代の末端に連なっているが、人類の過去の圧倒的に長い部分は、人の考え方や行動も、社会の構造も、近現代とは相当に異なる時代であった。この前近代と比べることによって近現代の特徴が浮かび上がるのだが、前近代に注目する意味はもう一つある。前近代は気が遠くなるほど長く続いた。この驚異的な持続可能性は「いま」に生きるわれわれにさまざまな示唆を与えてくれるであろう。
 前近代はある日突然、近現代に変わったのではなく、これまた非常に長い期間を経て、「いま」に似た人と社会が形成されてきたのである。前近代から近代への長い移行過程を「近世」と呼ぶことにしよう。近世の微妙で、猥雑で、清新なありさまを、ヨーロッパの14〜18世紀に注目しながら、再構成するなら、そこから登場した近代の人と社会の特質はさらに明瞭になるであろう。
T 導入
 1 経済史:物欲、その充足、共同性、人間=社会、経済、歴史、「過去」と「歴史」
 2 効率性:分業、動物との相違、支配、権威と権力、効率性と自由、スポーツや音楽における「効率性」
U 前近代
 1 総説:「経済」の語源、前近代の物欲と共同性、知と技と宗教
 2 持続可能性:蕩尽と大寺院、親殺し・子殺し、「滅び」と滅んだ実例
 3 身分制と共同体:分業と身分制、分業と共同体、封建制、理念型とモデル
 4 前近代の市場:互酬性、市場、貨幣、資本、前近代市場の三類型、市場経済の起源論
V 近世
 1 総説:「前近代から近代への移行」、古さと新しさ、三つの社会モデル、近世
 2 市場経済と資本主義:通常の定義、市場と経済、市場経済と資本主義の関係
 3 近世の市場と経済活動:商業革命、プロト産業化、「工業化」と農業
 4 近世の経済と国家:絶対王制と開発独裁、重商主義、「重商主義」の多義性
 5 近世の経済規範:「移行」の諸過程、近世の経済生活、民衆の規範、「自己決定・自己責任」と「あるべき秩序・伝統」
W 結語
 
 教科書は指定しない。講義内容を理解して、ノートにまとめれば、それがあなたの教科書である。
 講義開始時に文献リストを配布するほか、必要に応じて随時案内する。関心のある方は夏休み中にでも、以下のいずれかを読んでみると良い。楠井敏朗・馬場哲・諸田實・山本通『エレメンタル西洋経済史』(英創社)、ハイルブローナー&ミルバーグ『経済社会の興亡』(ピアソン)、石坂昭雄・船山榮一・宮野啓二・諸田實『新版 西洋経済史』(有斐閣)、長岡新吉・太田和宏・宮本謙介『世界経済史入門』(ミネルヴァ書房)、小田中直樹『歴史学ってなんだ?』(PHP新書)、楠井敏朗『富、権力、そして神 −社会環境論序説−』(日本評論社)。
 成績は期末試験で100%評価する。ただし、提出任意・テーマ自由のレポートを受け付ける。これを含めて、成績評価についての私の考え方と、単位取得の条件については、講義開始後、配布物で説明する。