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2013年度の担当科目


大学院

  エグゼクティブ・プログラム(夏・冬学期各2単位、土、大学院共通授業科目、学部学生も受講は可)

  現代ヨーロッパ経済史教育プログラム(CHEESE GRADUATE PROGRAMME

  東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(東大EMP)


学 部

  経済思想史(冬学期2単位、金U)

  学部演習(通年4単位、金W)



2012年度の担当科目

2011年度の担当科目

2009年度の担当科目

2008年度の担当科目

2007年度の担当科目

2006年度の担当科目

2005年度の担当科目

2004年度の担当科目




大学院

 サバティカル期間につき担当なし


学 部

経済思想史(冬学期、金U)

1.講義の概要・目的
 本講義は以下のような主題を設定する。すなわち、現在[=いま]、どのようにして現代[ほぼ20世紀に相当]が終わろうとしているのかを、経済思想に注目して明らかにする。19世紀の経済思想が自由の正当化で特徴付けられるとするなら、20世紀のそれは概括するなら、自由を維持しながらも保護・介入・規制・誘導を正当化してきた。こうした現代の経済思想がなぜ、いま終焉を迎えようとしているのか、これが本講義の設定する究極の問いである(この終焉のあとにいかなる経済思想が支配的になるのかという将来予測の問題は、科学の業(わざ)ではなく、それ自体が価値判断を含む思想・宗教・運動・政策の、すなわち現在以降の人為に委ねられた問題なので、本講義では扱わないが、諸君は一個の人間として存分に考えるべきだと思う)。この問いに答えるためには、現代の経済思想が19世紀のそれとのいかなる対抗・緊張関係の中から生成したかを知らねばならず、19世紀に遡る必要があるが、この講義ではそれ以前の前近代と近世についても簡単に論及する。経済思想の選択肢は現代と19世紀の2種類に限定されてはいないことを知るには前近代や近世を見るのは有益だし、専門科目1の経済史との対応関係も前近代から見ておく方が万全になるからである。係も前近代から見ておく方が万全になるからである。 係も前近代から見ておく方が万全になるからである。
 現代の経済思想の終焉というテーマは、より具体的には少なくとも以下の二つの分けることができる。第1に、経済思想の歴史とは自由と保護の関係を調和させてきた歴史だが、どのような変化を経て、なぜ現代の終焉に到達しつつあるのか。第2に、そうした変化の背後に、いかなる人間観と哲学的立場の変化が作用しているのか。

 講義は以下の構成で進められる
T 導 入 ―課題と方法―
 U 前近代 ―保護の体系―
  1 規範としての前近代
  2 伝統と富の規範
  3 市場の規範
 V 近世あるいは移行期 ―二重性と対立―
  1 新しい取引形態と前近代的規範
  2 モラル・エコノミと絶対王政・重商主義
 W 近 代  ―自由の体系―
  1 自由と自動調節的市場観の確立
  2 自由の個人的根拠  ―教育、「自助」、主知主義、「強く逞しい人間」―
  3 性と年齢をめぐる介入
 X 近代から現代への転換  ―介入的自由主義の登場と定着―
  1 介入的自由主義の諸現象
  2 介入的自由主義の人間観  ―「弱く劣った人間」― 
 Y 現 代 ―自由と保護―
  1 介入の制度化と異端の規律化
  2 大衆操作技術と「豊かさ」
  3 もう一つの新自由主義(Neo Liberalism)の登場
 Z 結 語 ―現代の終焉―


  
講義案内(2013年10月4日配付)
  文献リスト(2013年10月25日配布掲載)
  経済思想史受講者諸君にひとこと ―成績評価・レポートについて― (2013年11月22日配布)
  レポート表紙(.rtf) レポート表紙(.pdf)(2013年11月22掲載)
  「レポートの作成について」(2013年11月22日掲載)





学部演習(通年4単位、金W)


演習ガイダンス配付資料(2013年4月5日配布)

テーマ: 「経済とナショナリズム ―平和と国際分業はいかに破壊されうるか?―」

 現在の日本、韓国、中国、台湾の経済は非常に密接で切り離せない関係にあるが、他方でこれら諸国の間にはさまざまな問題がくすぶっている。経済的な関係が緊密なら友好的な国際関係が築かれるとの、第二次世界大戦後の通り相場となっている信念は本当に正しいのだろうか。平和と国際分業はいかなる場合に壊れるのか。今年度はこうした問題を考えてみたい。
 実は百年ほど前にも、当時の高度にグローバル化した国際経済に注目して、国益の対立、国境と関税・貿易障壁、ましてや戦争は、過去の幻影に過ぎないと理想主義的な平和論を唱えた人物がいた。しかし、彼の考えはその数年後に第一次世界大戦が勃発したことによって簡単に覆されてしまった。19世紀後半から第一次世界大戦直前までの世界経済は、現在よりもはるかに緊密に結び付いた相互依存的な国際分業関係の中で持続的かつ円滑に発展していた。それが第一次世界大戦によって断ち切られてから、現在にいたるまで、同程度に緊密かつ円滑な国際分業関係を再構築することに成功していないのだが、では、こうした緊密な経済関係を破壊した第一次世界大戦はなぜ、また、いかにして発生したのだろうか。
 上述の問題を考える題材として、第一次世界大戦前の世界の相互依存的な経済システム(S.B.Saul, the multilateral trading system)が展開する中で、各国で戦争に帰結せざるをえない何が発生したのかを考察して、従来の第一次世界大戦原因論を批判的に吟味することとにする。国際分業の進展は必然的に衰退産業・衰退地域や失業の発生をもたらすが、繁栄の中の衰退という現象は特別な解釈を必要とし、その最も安易な解釈は、衰退を他国のせいにするナショナリズムの言説によって提供された。第一次大戦前の欧州各国の政治家は国内の矛盾や軋轢を回避するためにナショナリズムを利用したのであるが、それがいかなる意図せざる効果をもったかを究明するのが、今年度の主たる関心事である。これと同様の事態は現在から将来にかけても東アジア諸国にも起こり得ることであって、こうした危険の在処を見透し、それを回避するために、歴史を現在の武器とする思考方法を養ってもらいたい。
 なお、個人研究・卒論のテーマは各自の選択に委ねるので、必ずしも上のテーマに縛られる必要はない。






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